数年前から君は何も変わってない
変わったのはきっと世界だ







「・・・っ」


負けた。
トレーナーズスクールに通っている俺、グリーンは今日まで負けた事など無かったのに。
初めて、ポケモンバトルで敗北の二文字を味わった。じわじわと込み上げる感情、とともに心臓が脈打つのが分かる。
目の前の赤いソレは表情を変えることなく、ただずっと此方に目を向けている。


「・・・ありがとう、ございました。」

「・・・あ、あぁ。」


ペコリとご丁寧に一礼するソレに、なんとも間抜けな声を出してしまった。
さっきまでバトルしていた俺と同い年くらいの赤いのはレッドっていう名前らしい。
そいつは戦わせていたピカチュウをひと撫でするとくるりと俺に背を向けた。


「・・・っ、あ!おい!」


レッドは声に反応して此方を見やる。バトル中も無表情だったソレは少し驚いている、そんな感じもした。


「・・・なに。」

「やっ、あのよ・・・そのっ・・・」


歯切れの悪い俺の言い方に苛立ちを感じたのか、少しだけレッドの眉間に皺がよった。
早く話せ、と目で訴えてくる様に俺は視線を地面へと向けた。
あいつの目は真っ赤だ。澄んでいて、怖いほど綺麗な赤。


「何も・・・言わねぇのか?」


声が小さくなっていたかもしれない。果たしてあいつには聞こえていただろうか。
そう思うも俺の視線は地面に向いたままなのでレッドの表情は伺えない。


「・・・何かって、何。バトルの挨拶ならさっきした。」


どうやら聞こえていたらしい。俺の質問に答えながらあいつはめんどくさそうにそう言った。
俺はなけなしの勇気を振り絞って顔をあげる。



「や、それじゃなくて・・・その、オーキドの・・・とか。」

「は?」


みんな、みんな、そうだった。
俺が少しでも悪い点を取ったり変な事をしたりするとみんな決まってこう言うんだ。「オーキド博士の孫なのに」って。
だから今回も絶対、言われると思ったんだ。少なくとも今までの奴らはそうだった。俺はその度に悔しくて悔しくて。
しかし目の前のあいつは違った。何かを言うわけでもなく、ただ俺を見てキョトンとしている。


「なんでそこでオーキド博士が出てくるの。」

「は!?」


どうやらこいつは俺がオーキド博士の孫という事自体知らなかったらしい。それならあのお決まりの台詞が出てこなかったのも頷ける。


「俺、オーキド博士の孫なんだよ。」

「・・・そう。」


似てないね、その一言だけいってしばらく見詰め合う事数秒。どうやらこいつはこれ以上会話を続ける気がないようだ。
なんというか、拍子抜けだ。絶対にお決まりのあれを言われると思ってたのに。


「・・・なんとも思わねぇのか?」

「・・・何が?」

「いや、・・その・・・、オーキド博士の孫なのにって・・」


なんだか自分で言ってて悲しくなってきた。普段から嫌っている台詞をまさか自分が言う羽目になるなんて。


「孫って何か凄いの?」

「は?」

「・・・孫だと、特別なの?」


まっすぐに俺を見てくるその目は、教えてくれと言わんばかり。孫、孫、孫、確かに孫だからって何か凄いわけでもない。
しかしそこはオーキドの知名度、凄さから分かるだろう。その孫はオーキドの名を持っているだけで凄い子と認定されるんだ。だから俺は今まで頑張ってきた。
オーキドの名に恥じぬよう。しかし彼は今までの事を覆すような言葉を吐いた。孫がなんなんだ、と。


「・・特別、というか、オーキド博士が凄い人間だと言われてるんだから孫も凄い奴なんだと思うだろ。普通は。」

「そうなの?」


普通はな、そう言えばレッドはふーんと呟いた後、俺はそうは思わないけどね、と相変わらずの無表情で言い放った。俺はその言葉に目を見開く。


「博士は博士、君は君でしょ。」

「・・・!」


さもそれが当然かのように言い放ったあいつは俺に背を向けてその場を後にした。バトル場の砂を蹴る音が段々と遠ざかっていく。



「・・・俺は俺、か」



ストンと落ちてきた言葉は俺の中にすんなりと入り込み、目を熱くさせた。
零れ落ちないように唇をかみ締め俺は空を見上げる。潤んだ目のせいで多少ぼやけている空だったが綺麗な青な事に変わりは無い。
一番、一番俺が欲していたコトバだったのかもしれない。あいつがくれたコトバは。
オーキドの家に生まれた自分を恨んだ事もあった。でも、同時に誇りに思ったのも事実だ。今更に頑張って優等生やってた自分が馬鹿らしく思えてきた。
たった一言。さっき会ったばっかりバトルしただけの人間に言われただけだってのに、なんて有様だ。



「・・俺の名前はグリーン、君なんて名前じゃねぇよばーか。」


バトル前に自己紹介しあっただろ、と空に笑いかけた。